FC2ブログ
2008/09/30

サンシャインシティー文化センターの閉鎖

本日9月30日にて池袋サンシャイン文化センターがクローズした。
サンシャインシティ ワールドポートの9Fのフロアーを借りて経営していたカルチャーだった。
アットホームで、年齢層が高く、個性的な講座が多く開催されていて活気があった。
私の講座を担当していたスタッフの方も、若いのにとても賢くて優しく、大変彼女にはお世話になった。

クローズした理由は、池袋の再開発によるサンシャインシティのレントの高騰。
本日ここのスタッフ方をはじめ、多くの方々が仕事を失ったり、講座をクローズした。

池袋は再開発地域であるらしいが、新たな近未来都市を作ることがそんなに重要なのだろうか?
日本のいいものがどんどん失われていく。
次の再開発ターゲットは神田らしい。

銚子市民病院も閉鎖した。
多くの企業や大切な施設が、ニーズがあるにも関わらず、経営困難の為苦渋の選択を迫らている。
何故病院を助けられないのかしら。

再開発に巨額の税金が投与されている。
少数の企業や個人に経済が集中し、弱者は切り捨てられる世の中。
資本主義、自由主義がもたらしたアンバランスはさらに拡大している。
この先日本はどうバランスを保つのであろうか?
スポンサーサイト



2008/09/15

舞踏パフォーマンスのお手伝い

土方舞踊の第一人者であるW先生のパフォーマンスのお手伝いをした。

私は舞台床昇降装置の担当。
舞台が開放され、昇降のチェック。
?????
以前使用した方が飲み物を装置にこぼしたらしく、ストップボタンを押すとそのままボタンが元に戻らない。
何回かガチャガチャ押しているとボタンが戻るけれど、本番中にボタンが固まってしまったらどうしよう!という不安でかなり緊張。

ステージが始まると何か又違和感がある。
照明を隣で調節しているにも関わらず、あまり暗くならない?
水銀灯が消灯していない!!!
照明さん汗だく。
スタッフはフリーズ気味。
結局ラストまでライトは消えず、50分間パフォーマンスは思わず予想外の照明に。
後悔先に立たず。仕方ないな。

でも明るい照明の中、パフォーマンスは素晴らしかった。
強さの中にも繊細な日本的美しさを兼ね備え、さすがと思う肉体と空間使いに見惚れてしまった。
舞踏独特の表現力は、混沌とした戦後の日本が生み出したものであり、その時代を経験したもののみが、その言葉でいいようのない身体と空間を表現できるのかもしれないと思う。
外人の方や若いダンサーの所謂舞踏とは繊細な部分で大きな違いがある。
(先生は否定されていたが)
今一番学びたいことなのに、先生は現在教えられていないので残念に思う。

無事終了し打ち上げ。
貴重な体験させてもらいました。合掌。
2008/09/14

歌舞伎へ

友人がメインの歌舞伎役者のSさんの知り合いと知り、念願の歌舞伎座へ。
それも一生に一回の思い出にと、下手側の桟敷席をゲット。

5分遅刻で到着したので、友人は私を置いて先に楽屋に遊びに行ってしまっていた。
一緒に連れていって欲しかったのになー。
ぎりぎりで席に着く。

まずは近江源氏先陣館、盛綱陣屋
徳川と豊臣が対決した大阪冬の陣を材にとり、物語の設定を鎌倉時代に置きかえて脚色したもの。
敵味方に分かれて戦う兄弟。忠義より兄弟愛をとるストーリーと、子役小次郎に胸キュン。

鳥羽絵
下男とねずみの舞踊

河内山
河内山宗俊は質屋の上州屋に金を借りにいくが、そこの娘が松江家に奉公中に殿の妾になるようにと迫られていることを知り、上野寛永寺の僧に化けて屋敷に乗り込み、娘を救う。
帰り際に正体を見破られるが上手く脅して宗俊の勝ち。
スカッとする作品。

Sさん素晴らしかった。
福助さんの女形にはうっとり。
歌舞伎役者さんのオーラ、物語、衣装、身のこなし方、踊り、三味線や義太夫、間など興味深いことだらけで、4時30分から9時まで目が飛び出るくらい集中して観劇した。

終演後、友人に楽屋に連れていってもらう。
歴史を感じる楽屋入り口に懐かしさを感じる。
Sさんは急いでいたらしく、一瞬しかお話できなかった。
私服はイタリアンファッションが似合うお洒落でダンディーな素敵なおじさま。

歌舞伎から学ぶことがかなりあると再認識。
これからしばらくマイブームになるでしょう。
2008/09/09

最近の舞台を観て

最近続けざまに舞台を観ている。
ダンスが主であるが、どの作品を観てもあまり心に響かない。
私のレセプターが欠如しているのからであろうか?
表現するとはとても難しい。
肉体が表現の主体であるが、その肉体が邪魔する。

日本で人気の無機質や無感情、テクニック中心主義、ノイズ音、映像を交えた前衛的ダンスはあまり好きにはなれない。
心を動かすものは何もない。
と言っても短絡的な一元的な作品も退屈に感じる。
ダンス作品の主流は、日本の社会的現象と深く関係がある気がする。

最近は作品がどんなに失敗しても批判されてもいいと思うようになってきた。
ただ自分が本当に踊りたいものをしっかり模索しよう。
何故踊りたいのか、何の為に作品を作るのか、何を踊りたいのか?が常に核である。
イメージはあるのだが、肉体を通すと別物になってしまう。
でもそこが面白い部分であり、醍醐味であろう。

流行や傾向に流されず、虚構の中でも真実を体験したい。