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2008/05/16

Sivananda yoga japan オープニングセレモニー

先日、Shivananda yoga japanのワークショップ及びオープンセレモニーに参加した。
晴れたら新宿御苑でのWSだったのに、雨だったのでセンターに変更。
ちょっと残念。自然の中でのヨガは格別ですもの。

午前中は呼吸法と瞑想。
Sivadandaはマントラ瞑想法。
アシュラムで勉強していたときは、なかなか瞑想が集中できずに、雑念と戦うのに必死だったのに、最近では雑念が浮かぶときのほうが少ない。
気持ちよく瞑想しているとブザーが鳴り、意識を外に戻された。
瞑想終了。

お弁当を待ちながらお隣の方と雑談。
「顔つきが仏様」というのが彼の第一印象。
ベジタリアンのお弁当を食べ、KIRTANを歌い盛り上がる。

Mahadevadanda師とPotti Swami司祭到着。
私は2004年にカナダVal Morinにてティーチャーズトレーニングを受けた。
毎回100人をも超える生徒が集まるのだが(インドでは200人くらい)その時は40人位しか集まらなかった。
アジア人は5人。日本人は私1人。
メイン講師が未熟だった為、生徒達はMahadevananda師に抗議。
結局ほとんどの講義を彼が担当された。

Mahadevanannda師は全然変わっていなかった。
今回は「感情の解剖学」というテーマでお話してくださった。
怒りは欲望の変形。怒りの根本は無知とエゴ。
私にとって怒りを解剖していくことは人生のテーマの一つ。
詳細は後日ブログにアップします。

PUJA(ヒンズー教のお祈りの儀式)のお花を買うために走る。

PUJA開始。
司祭がマントラを唱え、花びらとライスを捧げて一人ずつ礼拝。
ガーベラの花で頭をなでていただく。
神聖な気持ちになる。

私はヨガでも何でも一つの宗派に所属することはしない。
しかしそれぞれの素晴らしい教えを尊敬している。
Shivanandaの教えはとても深い。

いつか絶対アドバンスティーチャーズトレーニングに参加したいと思った。
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2008/05/13

中国四川地震

中国四川省の大地震は死者1万2000人を超えた。生き埋めは1万8000人。
被害者はさらに増え続けている。
ミャンマーサイクロンは死者10万人、不明が22万人。
ちなみに2004年12月のスマトラ沖地震の津波での死者は30万人。
なんと凄い人数なのだろう。
被害者の多くは貧困層である。
心が痛い。

災害により多くの人が命を落としたり、怪我をされて苦しんでいる最中、
中国のチベット侵略問題から、冷ややかな声も聞かれる。
そんな考えは根本的に間違っている。
一刻も早く多くの人が助かることを祈ります。

もし自分が被災者だったらどうするであろう。
パニック状態に陥らない為のマインドを日々ヨガで鍛えているつもりではあるが。

募金しました。
犠牲者のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2008/05/04

驚きの再会

中学時代の後輩で、ドイツを拠点として世界中を駆け回っているフルート奏者の後輩が、赤坂のバーでセッションするというので連れていってもらった。

赤坂駅から徒歩3分位のところ。
「Jさん、先輩連れてきました」
「はじめまして」
?????????????

「以前どこかで?」
えー!!信じられない。NY時代にお世話になった知り合いがオーナー?

信じられない驚きと、嬉しさで言葉にならない。
10年以上も前の記憶が蘇り、とにかくもう感動の嵐。

ジャズのセッションでお店は盛り上がる。
後輩も Karlheinz Stockhausen 曲を即興ベースとピアノのコラボで、演奏してくれた。
なんとゴージャスな時間なのかしら。
私は頭の中でインプロしていた。

真剣にクラリネットの練習再開を決意。
いつかここのセッションに参加したい。
ピアノも10年以上習っていたので、きっとまだ弾けるはず。
欲張るとジャズも歌いたい。
ちなみにジャズダンスは完全復活したと思い込んでます。

私の今後の人生を大きく変えるであろう、予期せぬ再会にただただ感謝です。
2008/05/01

沖ヨガ勉強会

先日ヨガの勉強会に参加した。
講義の後半は沖先生のヒストリーを学んだり本を朗読した。

感謝、懺悔、下座、奉仕、愛の生き方がヨガ的生き方と本に書いてある。
「愛の心でヨガを行いましょう」なんて頻繁におっしゃる先生方も多い。

しかし私はクラスで安易にこれらの言葉を使えない。
もちろん言わなければ理解してもらえないことは分かっている。

でも感謝なんて感謝しましょうと言っていうものではなく、本当に内側から醸し出るから「ありがとう」って言える。

奉仕も質によってはそれが奉仕にならない場合が多々ある。
内側から湧き出る思いが奉仕という結果になる。
だから奉仕をしましょうと言ってするものではないと思う。

友人がシバナンダヨガのTTCにて1ヶ月カーマヨガを体験した。
アシュラムでのカーマヨガは奉仕で掃除をする。
彼女は「皆さぼっていてズルイ」って思いながら掃除をしていたって私に話してくれた。
彼女の気持ちもよく分かる。
しかし見返りを求めたり、人と比較してしまう心が働いている限り、本当の奉仕とは言えない。

「人間に仏性が与えられているということは、努力次第でどこまでも高まり、清まる可能性を与えられている。
多くの人は人間に与えられたこの特権にきづかず、迷いの世界で苦しんでいる。
生命と自他の存在の本来的な尊さを自覚して、与えらた可能性を実践のなかで表すことがヨガ的生き方。」

ある方がこの内容の意味が分からないと言い、彼女の中の苦しみや体験を話してくださった。

人間それぞれ価値観が違うため、心のあり方によって、ある人にとっては救いのような言葉が、他の人にとってとても危険な要素になる。

内側から溢れ出すエネルギーを純粋化するためには、コツコツ身体や心と対話していき、客観的に見つめることが必須。
内側からの輝きは様々なダークエネルギーを昇華することでしょう。