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2007/02/26

ジャイナ教の瞑想

4ヶ月ぶりにヨガ講師の集いの講習会に参加してまいりました。大体月1回開催されるのですが、毎回目から鱗の講習です。

今回はジャイナ教のインターナショナルキャンプに参加した方々から、キャンプで学んだ事をプチ体験させてもらいました。
禅の瞑想も好きなのですが、ジャイナ教の瞑想法は、ヴィパーサナ(Vipassana)という釈迦の瞑想法に近いのもので、現代医学、科学性、心理学を研究し、加味された瞑想法。とにかく凄い(センセーション)の一言です!!!
神経の電気インパルスを感じたり、内臓のバイブレーションを感じたり。スカーサナの時間が長かったので、左の膝のプラーナ(気)はちょっと詰まってしまったが、こんなにナディー(気の管)が通るのを感じたのは久し振り。

シャリーラプレクシャー(Sharir Preksha)という身体の知覚は、身体を徹底的に内観していきます。私の家には人体骨格の模型があるし、自分の頭で筋肉や内臓もマッピング出来るので、特に内観は得意なのですが、さらに奥に意識を向けて、エネルギー波動、生命波動、バイブレーション、呼吸、血液の流れ、気の流れを繊細に観察していくという方法。身体の細胞、インパルスの信号、バイブレーションを感じ、最後に身体を一つに調和させていくのです。

ヨガも瞑想ですよね。
身体の内側を知覚してことにより、徐々に本当の自分にアプローチすることが出来るのです。原子核の周りを電子が飛び回ることにより、バイブレーションが発生しますよね。身体のバイブレーションのコントロールにより、体内エネルギーのコントロールをしていくのも重要な目的の一つです。自分の肉体が分かると心がコントロールできるんです。幸せになるための重要な要素ですよね。

10年前の自分だったら分からなかったでしょう。そう、修得していくためには時間はかかります。多分何年も。私もヨガと出会い10年程たつので、今だから分かるんです。でも今やりなさい!!って言っても感じないものは感じない。一緒に講習に言ったヨガ講師の愛弟子も、眠気と戦うほうが辛かったらしいですから。

今分からなくても全然いいんです。でも、意識の積み重ねで、いつか分からなかったものがふっと分かってくるんです。その為に毎日感じる練習をするんです。毎日何でもいい、骨盤の状態、関節のスペース、肩甲骨が肋骨上を自由にスライドしている状態や、頚椎の上で頭蓋骨がどのように動いているか、どこの筋肉が伸びてるとか、神経がどう繋がっているとか、毎日少しずつの認識がいつしか結びついてくるんです。なんかの推理小説みたいに後になってね。
自分のペースで少しずつ、土台を固めながら、楽しんで、自分の内側を感じてみる練習をしてみてはいかがでしょう。手っ取りばやく分かった気になるより、ゆっくりでも基盤がしっかりとしていた方が、本質を得るためには近道です!

肉体のコントロールができ、プラーナの流れが整えられ、自己のエネルギーが活性化される状態が作りだせるようになれば、心のコントロールの仕方が分かってきて、体内エネルギーが満ちて、心が静かで穏やかな状態を保てることでしょう。
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2007/02/25

鬱の克服

最近鬱状態で、自分の夢が見つからず、幸せもなんだか分からない、という相談をいただきました。

夢を持つことは確かに活力になりますが、夢を追い続けることによって、プレッシャーになったり、ストレスになる場合もありますしね。無理矢理頑張って、探す必要もないかとも思うんです。

逆転の発想してみて。そういう何も無いときこそ、ゴージャスな時間。ゆっくりとおやすみさせてもらっているんだーって思って、映画を観たり本を読んだり、旅したり、学んだり、栄養を蓄える。何か方向性が見えてくるヒントがその中にある場合も多いですよ。未知なる世界を開拓できるかもしれない。

人生ね、弓の弦は常にじわじわ引っ張りながら、弓の的が眼の前に現れるのを待っている。焦って引くと、変な方向に飛んでってしまったり、狙ってない的に当たって後悔しちゃうかもしれないし。でも、弓の弦を引いていないと必要な的に当たらないでしょ。
ゆっくりじっくり、時がくるのをじわじわと待って、ここ一発!っていう時に、狙った的に当てる。それが、1年後かも知れないし10年後かもしれない。その一瞬の為に直観は常に鍛える。生きがいや夢の的をゆっくりと吟味しながらね。

問題は鬱よね。鬱はねー。人それぞれ原因が違うから、はっきりどうしていいのか分からないんだけど、女性はホルモンバランスが崩れやすいので、自律神経の働きが乱れていたりするのよね。更年期も絡んでくるし、PMSもあるしね。

科学的にいうと、大脳辺縁系という喜怒哀楽を作りだす脳で、A系の快感神経とB系の抑制神経というのがあるらしいの。
この神経バランスの崩れが原因で、A系のノルアドレナリンという元気になるホルモンが多いと躁で、少ないと鬱になるらしい。
B系がセロトニンになるんだけど、セロトニンが過剰だと鬱で、多いと躁になるとか。
心は脳内物質の分泌によって揺れ動いてしまうの。

ただ、脳を含め身体っていうのは、健康な時は麻薬だって簡単に作れる優秀で完全な化学工場。でもストレス等打撃を受けちゃうと、工場の機械がおかしくなっちゃう。機械が繊細だとすぐ壊れちゃうでしょ、頑丈な工場を作っていかないといけないとしかとりあえず言えないかな。
でも、脳と中枢神経の働きが心の病気の鍵ね。

そーいえば、今日聞いた話なんだけど、心の病気治療で、マントラグループと薬物グループと手術グループに分けて実験したら、マントラグループが一番治療に効果があったとか。
ということは歌もとても鬱にはいいと思うわ。
2007/02/24

死刑制度

土曜の朝は毎週バタバタして忙しいのですが、今日は珍しく何もなく、ゆっくりコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいました。
目に留まった記事が、フランスが憲法で死刑を禁止した記事。

日本は去年、それも12月25日、街はクリスマスで賑わっていた日に4人死刑が実行されました。今は日本では死刑囚が100人程、ウエイティングリストに載っているそうです。確か、日本はこの十何年か、死刑が行なわれなかった年はなかったのではないかしら?

皆さんはフセインの死刑はどう考えました?
死刑を実行すれば、復讐を果たせる?テロがなくなる?死んでお詫びする文化?刑罰を重くすれば、犯罪が減るという社会通念?

NYにいる時は、アメリカの友人との日常会話では、普通に死刑制度に関した話題が出てきます。日本は情報を公開しないので、こういう問題が日常会話で話されることはあまりないですよね。

死刑は、一般の国民には関係無い、隠したいことなのかしら?それなら、何故行なうの?
2007/02/23

幸せになるために5  距離間が大事

若かりし頃、自分の言っている事が分かってもらえず、言い争いになったりするとストレスが溜まったりしていました。
自分は絶対間違ってない!正しいもんって信じて疑わなかった。無知でした。自分にとっての価値観が絶対であるように、相手自信の価値観も絶対なんて考えなかったのですもの。
人に自分を理解してもらいたいっていうエゴや気持ちが強く、トラブルの原因になっていました。

例えば悪口ばかり言っている人に、悪口はよくないってただ言ってもわかってもらえないばかりか、悪口の矛先がこちらに向いたりします。人間関係の溝が深まってしまうだけ。価値観は似ている人はいても、全く同じ人はいません。分かってもらおうとしても、無理なものは無理。

人間関係を円滑にする為には、相手との距離間を上手く保つ事って大事。この人とはこのくらいの距離を保つべきで、これ以上介入してはいけない!とかね。悪口ばかり言っている人でも、他の話題だったら、楽しんでお話できたりしたりするしね。

人間は価値観が異なっても、心が柔らかい人だと、相手との距離間は縮まりますね。でも心が硬く、価値観が異なり過ぎると、なかなか距離間が縮まらない。相手の心の雪解けを待つか、トラブルになる前に、相手との距離を離していく。
もちろん、自分の心は常に柔らかくするようにトレーニングしなくてはいけません。
ヨガを行なう目的は身体を柔らかくするのと共に、心も柔軟性を得ることでしょ。オープンマインド。視野が絶対広くなります。

自分が傷ついてしまうことの一つに、相手の心無い言葉がありますよね。私も無意識に人を傷つけてしまうこともあり、その度に反省しています。
かつては自分が傷つけられると、大体その人を嫌いになったり、恨んでしまっていました。
でも、実際傷つけているのはその人から吐かれた言葉だし、様々な因果が絡み合っている事を認識してみると、自分の考えは間違ってるのではないかとある日思ったの。
傷つけた相手の人格というか、その人自信を恨んではいけないんだって。
例えば、海でに大波にさらわれて溺れたとします。でも原因は風が吹いて、波が高くなったからでしょう。いつも海は穏やかでも、他の要素が加わる事により、魔物のように変身してしまう。でも、海の本質は穏やかで美しいものなんです。

人間、完璧な人なんていません。私なんか欠陥だらけです。
でもね、人間は大脳新皮質を持ってしまった限り、バランスとコントロールが必要なのです。ヨガのポーズもコントロールとバランスをとりながら、身体を柔軟にし、余裕があったら負荷をかけて訓練していく。
人間関係に悩まれていらっしゃる方は、相手によって距離間を上手くとりながら、心地よい自分の周りの環境作りを一度試してみてはいかがかしら。
2007/02/19

幸せになるために4 怒りは敵

怒ってばかりいる人って周りにいません?
私の知り合いの方で、怒ることが生きる活力になるんだっていう人がいます。
人それぞれなんで、私がどうこう言う事でもないんですが、私は個人的に怒る事はイヤです。というか、自分にとって余計なエネルギーの消費で、とても疲れちゃうし、怒ってばかりいる人の近くもエネルギーが強すぎて、バランスが崩れちゃう。

怒ることは自分や他人にどう影響を及ぼすのかしら?
怒れば相手もさらに逆切れして、言い争いになる事が多くないですか?
怒っているときは視野が狭くなって、全体が見れなくなってしまわないですか?原因は色々あるのに、一つのものばかり責めるようになりません?怒りや不安になって、いい結果が生まれますか?自分を苦しめるだけじゃないかしら。

怒ること不安になることは私の幸せを破壊する要素です。自分を不幸に陥れるだけ。怒りをが自分を破壊しないのは、どうしたらよいのかしら?
それもやはり、自分の心の訓練しかないのです。我慢強さが自分を幸せな穏やかな状態に戻してくれる。
怒りに満ちている時、不安な時は苦しい呼吸をしていません?
呼吸も怒りや不安から解放させてくれる一つの手段です。
自分で怒りを抑える方法を探していく、ちなみに私は口角を上げると柔らかい気持ちになります。怒っているときって、眉間にシワ作って、恐い顔しているから、顔を優しくしてあげるとなんか気持ちも楽になってしまう。
身体は精神のいい協力者なんですよ。

嫌なこと言われたらどうしますか?怒りに満ちて復讐しますか?でも怒りに満ちている時は碌な事起こりません。どんどん怒りが膨らんで、そのことばかり考えて、捕らわれて。眠れなくなり、病気になってしまいます。
私は嫌味とか言われる時もあるけど、今の自分はあまり人の評価とか気にしないし、自尊心もあまりない人間なので、わりと楽に生きてます。
昔は他人の目が気になって、悪口言われたりすると傷ついて、ストレス感じたりしていましたけどね。
ただね、他人の目は気にしないけど、自分の目はしっかりと無気力にならないようにコントロールして、間違ったことを出来るだけしないように、慢心したり、他人を傷つけないように、努力を怠らないように、ヨガを通して日々鍛えているつもり。(と言っても一生かかりそう、この修行は)
自分は自分で信じてあげて。自己を憎んだり、痛めたり、傷つけては絶対だめ。自分は自分のたった一人の最大の理解者なのだから。

怒りはよくないって言っていても、私は戦争問題とか、日本の政治問題等、時々信じられないニュースを聞いて怒ってしまいます。
ただ、自分がこの怒りによって、社会を動かせればこういう怒りは例外として意味のあるものだと思うのですが、自分は今のところ何も行動していないので、やはりこれも今の私には意味のない怒りなんだろうなー。(続く)
2007/02/18

幸せになるために3  他人との調和

ヨガで修練を積んだのに、人と接したくないため、人里離れたところに身を隠される方もいらっしゃいますが、やはり人間は社会と調和が重要だと思うのです。
でないと生涯孤独になってしまいますよね。
孤独が好きなら、それもかまいませんが、他人から愛情を注がれたり、優しくしてもらうことが幸せと感じることは人間の本能ではないかしら。逆に暴力を振るわれたり、傷つけられたら、不幸と感じますよね。

自分がされて嬉しいことを相手にしてあげることって大切です。
不思議と人に親切にしたり、愛情を注いだりして、相手が幸せになると、自分の内側からはさらに浄化された、いいエネルギーが湧いてくるんです。泉のようトクトクにね。
でも人を騙したりして、一瞬自分の利益を得たとしても、決して本物の幸せは得る事ができない。普通の神経の持ち主なら、自分が苦しくなるだけです。
だから人に優しくしたり、愛情を与えることが自分の幸せになるための重要な要素なのではないかしら?

相手を苦しませて騙している人は、決して幸せにならない。類は友を呼ぶのです。
でも、心優しい人の周りにはやはり同じような人が集まってくる。笑いにあふれて、幸せな人々が。どちらの友達が多いかは自分次第ですよね。
私だったら、死ぬまで優しい思いやりのある友達に恵まれていたいな~。相手の幸せを自分のように喜んであげたい。相手の悲しみも自分のように受け止めてあげられるように努力したい。

人っていうのは漢字でも2本の棒が支えあってるでしょ。自分が苦しくてコントロールが難しかったら、頑張って自分一人で解決しようとしなくてもいいんです。周りの人に助けてもらうのも大事。甘えたっていいんです。でも、誰かが困っている時には、手を差し伸べてあげる。
全てバランス。1本のものは弱いけど、色んな方向から支えてあげると強いでしょ。それと一緒。

バランスを上手にとれると、幸せの神様はきっと微笑むでしょうね。(続く)
2007/02/17

幸せになるために2  忍耐力

客観的に自分を観察できたら、まず乱れた感情の波を落ち着かせることをします。
私は、チャクラ、マントラ、呼吸、瞑想、視覚、聴覚等を使って、自分の感情をまずシャットアウトします。

心が落ち着いたらいよいよ本番。
忍耐を鍛える時。耐える訓練が感情をコントロールし、心を強くする。最初は大変だけど、心が強くなれば免疫力も高まり、ちょっとくらい辛くたって、辛いって感じなくなったりするかな。
どうせだったら、雑草のように強い心を保ちながら、生きていた方が人生楽だし、健康になれるし、幸せでしょう!自分をコントロールすることが幸せの大きな鍵。

ただ、耐えなければ!!と思って、無理してもダメ。自分が限界になるまで耐えようと思ったって逆効果。ヨガと一緒よね。ヨガだって限界までやったら、身体が壊れちゃうでしょう。
必ず自分の出来る範囲で忍耐力を鍛えなければダメ。
耐えられなくなったら、休んでいいの。無理は禁物。
私だったら、一人旅とかフラっとどこかに行って、気分転換する。
苦しいことってわりと一時的なものだから、又戻った時は心が落ち着いていたりするわけ。
で、戻った時、問題に立ち向かうと視野が広がっていて、問題の本質が見えたりするのよね。
でもね、自分を傷つけた人が目の前にいたとして、悲観的になるよりも、自分を鍛えてくれる先生だって思えるとハナマルあげちゃう!
多分ブログ読んでも「ふーん」て感じだけど、実際場を重ねないと鍛えられないものなのよね。舞台と一緒。練習していて、頭で分かっていても、舞台を経験して分かることが沢山あるの。感覚的なことでね。
ちょっとした想像力を駆使して、自分の世界をクリエイトできると素敵ね。

自分もこんな事書きながらも、実は心はまだまだ弱くて訓練中。
でも、NYに8年住んで自分が大分強くなったの。
海外で生活することは、思ったより大変だったから。
アパート等の手続きを終え、いざ生活が始まるときには$100位しか残ってなくて、即アルバイト生活(仕送りは一切無し)、言葉も全然話せなくて(英語が昔は嫌いだったのです、今は大好き)、人に裏切られたり(とても信用していた人だったので辛かった)、騙されたり(お金とられちゃったり他)、殺されそうになったり(ホールドアップ他)毎日がストレスの連続で。
でも今考えると、精神をかなり鍛えさせてもらったいい機会でしたね。(結構過激な鍛えられ方!)

今はストレスに襲われそうになっても、客観的な自分はストレスを楽しむ節がありますね。心が強くなっていく過程も面白いかな。私みたいに心が弱かった人間は、幸せになるキーは自分の心次第だって痛切に感じることが出来るのではないでしょうか?(続く)
2007/02/16

幸せになるために1  幸せって何?

久し振りの更新です。ちょっとばかり冬眠状態でした。
最近は家に戻ると化粧を落として、夜食を食べバタンキュー。下手するとご飯食べながら寝ちゃうんじゃないかという勢いで眠気が襲うのです。テレビは普段もあまり観ないのですが、最近は全くのご無沙汰です。その代わり、夢テレビが大活躍。ただ、困ったことに夢の中で現実と夢が完全にごっちゃになっています。

今回のブログはある人へのメッセージです。
幸せってなんでしょうね?楽しいことをしている事?裕福であること?欲望を満たされること?好きな人といる事?

幸せの定義は人それぞれ違いますよね。殺人や暴力を振るうことが自分の幸せ(快楽)と感じている人もいます。
幸せというコンセプトは人格や境遇等違うので、人それぞれなのは当然です。

ちなみに私が幸せを感じる時は、心が穏やかな時。
怒りや不安や恐れが何もなくて、身体の中にいいエネルギーが満たされている状態。
すごく楽しくって舞い上がる時は、幸せって勘違いしやすいけど、苦しみと同じように心をコントロールし、穏やかにするように努力しています。
欲望も生きる活力なので、もちろん必要ですが、達成されても有頂天にならず穏やさを保つように心がけています。
舞台に立っている時は特に幸せ。でもどんなに激しく踊っていても、心の中は周りが全然気にならない程冷静。内側と外側は繊細に感じているけど、感情の波がほとんどない無に近い状態です。
ただ、空間と一体となっている、気持ちいいっていう感じ。
あくまでも心が穏やかな状態が、自分の目指す幸せ。
戦争、災害の外的要因が襲おうが、病気等の内的要因でも、幸せな状態でいれるかいれないかは自分次第。
私達は感情の生き物なので、感情に支配されてしまいがちですよね。苦しみや怒りも冷静さを失った感情が、まるで悪魔のごとく支配してしまい、心や身体までも蝕んでしまう。嵐のように体内の海を荒らし、純粋な心を濁らせ、身体の正常な機能を狂わせてしまいます。

ではどうすればよいのかしら?
悪魔に自分の幸せなんて邪魔されたくないけど、彼は自分の一部だから、邪魔されないようになるには?
自分を鍛錬していくしかないのです。
自分の内側を内観出来(ビパッサナ)、色々感じられることが大前提。そして起因となるものとの距離を上手に調節しながら、耐える力を養っていくことのトレーニングに励むのです。

まずは自分を客観的に観察出来ることが、第一段階ですね。(続く)