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2006/11/28

いじめ問題2

どうしたら、いじめがなくなるんでしょうね。
まあ、いじめって今に始まったことではなく、ずっと昔からあったものなので、撲滅することは難しいでしょう。でも、削減していくことは可能だと思います。

私が学生時代のある日の授業中、私の後ろの友達から、手紙が回ってきました。「屋上から飛び降りるから」という内容の手紙。彼女の席をみると、彼女の姿がない!!「えー!!」と思って屋上に行くと、彼女が半分足をかけて飛び降りる寸前でした。一命は取り留めましたが、彼女とワンワンその後泣きました。で、ずーっと屋上で彼女と話していた。私に話したことで、彼女も楽になったと後日話してくれました。

もし、私が先生だったら、どうするか?
まずは生徒達で解決させる。それでもダメなら次の手段を考える。
本当は他の生徒が積極的に、いじめられていく子を庇うことが出来ればよいのですが、日本の社会では、自分は関わりたくないという雰囲気が強いですよね。
そこで最初は、学級会等のオープントークで、クラス公認いじめっこバスターを3人位選出し、彼らが陰のバスターも3人以上選ぶ。誰かがいじめられたら、バスターが全員立ち上がって、いじめられている子を救う。
いじめられる子の味方が増えれば、いじめっこも簡単に手出しできなくなるのではないかしら。
私は、いじめられている子を陰で、暖かく見守る。バスターとは常に連絡をとって、クラスの状況は詳しく把握している。でも、決していじめっ子に直接注意はしない。いじめられている子と内緒で話をし、バスターが守ることを告げ、誰にも話さないし、ずっと見守っているから、安心してということを、その子に伝える。そして出来る限り、陰で力になる。どうしても耐えられないときは、逃げる道があることも伝えておく。辛すぎたら頑張りすぎなくていいことを教えてあげる。多分、誰かが分かっていてくれる、見守っていてくれると思うだけで、人間って凄く楽になれますよね。まあ、十人十色なので、ケースバイケースでもありますがね。

でも、生きるうえで重要なのは、耐える力。忍耐。学生の時に心を鍛えておけば、社会で雑草のように、生きられる。でも、バランスは大事。すべてはバランス。バランスを崩さずに、心を強くする教育が求められますね。

ところでいじめっ子はどうするか?私が先生だったら、その子の後ろのロッカーあたりに明王を置き、悪い事をすると天罰があたることを、毎日ホームルームで抑揚をつけて、話すかしら。
そのうちに潜在意識が夢となる。で、自分の間違いに気づけばいいんですけどね。(なんて世の中甘くないかしら)でも私だったら、あれこれ間接的に試すでしょうね。
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2006/11/21

いじめ問題

今回はいじめ問題。
いじめ問題は他人事ではありません。

何故人をいじめるのか?
他人を苦しめることに快感、快楽がある(快楽殺人、虐待とかと一緒)
単なるストレス発散(暇つぶし、遊び的感覚)
弱いものをいじめて優越感に浸る
自分に自信がないから、蹴落としたい
という直接的なものもあれば、
栄養のバランスが良くないため、切れやすく、イライラしがちである(ミネラル、ビタミン、カルシウムとか足りない)
脳の中の細胞のアンバランス、異常があり、コントロールが難しい、なんてこともありますよね。(先天的異常)
また、相手のことを好きなので、いじめるっていうケースもありましたね(いい迷惑ですけどね)

私もいじめには色々あいました。
最近といっても3年前ですが、アメリカ一周旅行をして帰国したあと、日本の歴史ある土地に旅したいと思い、突然奥日光の旅館に住み込みで働きました。募集は実働8時間て書いてあったので、毎日休憩時間に散歩して、ヨガをして、いい空気吸って、浄化して、温泉巡りして、楽しそうなんて思ったのが間違いだった!!実際には、毎日15時間位休みなく、怒鳴られながら働かされました。おかみさんとおばあさんがいつもイライラしていて、バイト生はいいストレス発散の対象でした。例えば雑巾で床を縦に拭いていると「なんで横に拭かないの?」とおかみに叱られ、横に拭いてると「なんで縦に拭かないの?」と怒鳴られるという、かなり次元の低いことで馬鹿!阿呆!と常に罵声を浴びせられてましたね。
話のついでに旅館の一日は4時半起床。朝5時から朝食を作り、まず調理の手伝い(切り方もちょっとでも大きさが違うと怒鳴られる)配膳、盛り付け(盛り付けの量もちょっとでも異なると怒鳴られる)お客様と朝食時にお話して場を盛り上げる。(盛り上げないと怒られる)朝食を終えて、片付け。これも凄いプレッシャーをかけられ(このお皿は一枚¥5000なんだからねとか、食器棚に入れる時は何枚重ねるとかチェックが厳しく、ちょっとでも違うと怒鳴られる)トイレ掃除(ピカピカにするまで。しかし掃除道具はスポンジ一個と古いビニテと雑巾のみ)廊下や部屋(汚なかったら、お客さんがチェックインしてからも、部屋に入らされ、拭かされるというありえないことも!)洗濯、そして1時間休憩で、夕食の用意、またもや接客、そして夕食を食べ終わり、片付け、そしてラストに又床掃除。終わるのが21時。それからお風呂。で就寝。という一日のスケジュール。その時に一緒に働いた5人のバイト仲間の団結力が強かったので、いじめにも屈せずに働けましたけど、ちょっとおしんの気持ちがわかった気がしましたね。

昔、ダンススタジオに通っていたときにも、下手なのに前で踊ったり、変に目立ったりしていた為か、先輩ダンサーに無視や悪口言われたり、わざとぶつかられて睨まれたり、足を踏まれたりしました。でも、真にいいダンサーは決してそんなことをしません。自分に自信のない人が嫌がらせをするのです。

学生の時も一つ上の先輩に階段から突き落とされたり、先輩に部屋に何時間も閉じ込められたり、制服のまま頭から水かけられたり、学生時代も色々ありましたね。(先輩にあんた生意気なのよと言われましたが)

自分の強さがあったので、ダンスのようなケースはさらに自分を奮い立たせて、もっと上手くなろうと、さらにダンス熱に火がつきますが、その他はやはり、自分の周りの人達に支えられる部分が多かったですね。いじめの原因はこれも色々ありますが、人と違っていたり、弱い立場だったり、目立ったり、暗かったり、優等生だったりするような人が対象になりますよね。
果たしてどうしたら、いじめがなくなるんでしょうね(続く)

2006/11/17

問題に向き合う 2

結局、多くの問題の根源は、自分の事だけ考えているからなんですよね。自分だけは大丈夫。自分だけ助かればいいや。自分だけ幸せならいい、自分の苦しみは耐えられない、とか自分、自分。全て自分中心主義。

アメリカから戻ってきて、日本では自分の知っている人ならばケアするのに、全く知らない人だと、関わりたくないと思って、無視する人が多いんだなーと強く思いましたね。
先日友人から聞いた話なのですが、ある女性達の、全くお互いを知らないグループが、相手を見知らぬ状態で、満員電車に乗ってもらった時は、お互いとのスペースを作らなかったのに、同グループにカフェで、話してもらった後、再び電車に乗った時には、お互いの間にスペースを必死に作ろうをしていたんですって。面白い実験結果だと思いません?

NYでは、女性が大きい荷物を持っていると、大体と言っていいほど、男性が手を差し伸べてくれます。(日本ではないなー さみしいなー)
又、ある時地下鉄で、コロッとしたおじさんが酔っ払って、線路にフラッと落ちたんです。そうしたら、ホームにいた男性という男性は、皆助けようとプラットホームから飛び降りたんですよ。
サブウエイで病人が出たら、機転を利かせて、窓を開けたりヘルプする、次の人の為にドアを開けておくのは常識だし、エレベーターだって、必ず、お先にどうぞと譲る。席もすぐ譲る。
それに慣れてしまっていて、日本に戻ってすぐの頃はドアとか、よくぶつかっていましたけどね。

繰り返しになりますけど、結局トラブルの原因は、相手のことを思いやる気持ちが足りない。愛がない。自分の利益の為にはどんな手段も選ばなかったり、鬱憤ばらしで攻撃する。いじめだって、核兵器だって、知事問題、北朝鮮、戦争だって、皆自分勝手。自分が戦争で被爆者になったら、どうなのか?とか虐められたらどう思うのか?苦しんでいる自分をイメージしたら、そんなこと出来ないのではないのでしょうかねー?
まあ、すべては価値観の問題ですけどね。

でも、価値観の違いだって、世界の根源である、人間としての共通の概念はあるはずです。共通のしっかりした、根っこがあるから、その上で自由に個性を伸ばしながら、植物が育つ。根っこがなかったら、腐ってしまうんです。日本とか特に、根っこの部分が凄く弱い気がするんです。偽善的な造花のような花は、多く植えられているけれど、本当の美しさではないですよね。

でも、他人に愛を与えていくには、自分の強さが絶対必要。自分を幸せに出来ない人には、他の人を幸せには出来ません。自分の肉体と心が整っていないと、他人になんて、本物の愛は与えられないと思うのです。だから、自分を磨いていくことは必要。常に浄化していく。自分の健全な強い肉体と心が愛のベースです。

なんか偉そうなこと書いておりますが、すべてはブログという公共の場を借りて、自分に言い聞かせていることなのです。
私自信、特に疲れている時や具合の悪い時は、自分の事で精一杯で、弱くなってしまう。
もっともっと、心を鍛え、体を鍛え、いつか自分の周りにいる人すべての方、そして日本人や世界の人が一人でも多く、幸せに暮らせる為に少しでも、役に立てるよう日々精進します。(続く)
2006/11/13

問題に向き合う 1

私は自分の問題にしろ、社会問題にしろ、なんでも気になる問題は、自分がどう思うか?というよりも、自分がどうするべきかというのを考えて、解決する行動を起こすことを心がけています。批判すること、ただ思うことは簡単です。でも、それでは何にも解決にはならないのです。しかし、その為には、物事の本質を知ることが重要です。

皆さんは戦争に関してどう思いますか?今の世の中、戦争はいけないって、日本人のほとんどの方は、思っているのではないかしら。何故でしょう?それは日本が敗戦国だからですよね。戦争の苦しみ、悲しみをしっているからこそ、お互いに愛し合い、慈しみあいながら生きてくことが、幸せだと感じているからではないかしら?
でも、戦争の時代でもナポレオンは英雄でしたよね。あの時代では、国民が彼を支持し、英雄になったのですが、それは何故でしょうね。

人間の歴史っていうのは、大きな川の流れです。だから、流れをきちんと認識することは必要ですよね。ナポレオン時代の川の流れとは違うんです。今の時代の川の流れを知ること、正しい時に正しい事を行ないながら、穏やかな川の流れにしていくには、どうしたらよいのかを考えていくのは、水の分子である、現代に生きる私達の使命だと思うのです。

戦争は個人的に、絶対反対です。
ただ、私は討論をするときに、時々自分と違う思想を持って反論します。その瞬間、空気が凍るのも感じますけどね。だからそういう事をいう時には、出来るだけ人は選びます。危険な思想ですから。
例えば、戦争をすることは、ある種の人間淘汰では?
戦争すると経済豊かになるよね!
なんてことをね。
本心では決してないので、誤解しないでくださいね。でも、そんな思想の人もいるのも確かです。ただ、自分はそんな意識を持って生活していないので、いとも簡単に撃沈されますがね。
けれど、物事の根本を知るために、多様性をもった方向から物事を考えるのは、私にとっては重要な事です。自分が信じている一元論ではなく、二元論、もしくは多元論的見方で、様々な視点から物を見て、はじめて本質が見つかると思うのです。
戦争だって、宗教によっては一神教だから、どうしても一つの答えばかり、追求しようとするので、自分の考え以外は間違っていると排除して、テロ行動に走ってしまうのではないかしら?

他人と関わる問題は、価値観の違いから起こる事ですよね。人間全く同じ思想の人なんていません。個人の価値観は、その人にとっては絶対なんです。出来るだけ様々な可能性を引き出し、相手の事、違う立場を自分で十分理解した上で、自分に今何が必要か?何をしなければいけないのかを探っていかねばと思うのです。(続く)
2006/11/10

仏像展

先日、上野の東京国立博物館で開催中の仏像展を観に行ってきました。
仏像のことはあまり詳しくはないのですが、密かに仏像ファンです。仏像をみているだけで、そのエネルギーが体の中に入っていて、さらに寛大になれる気がするのですもの。

イメージすることが人間って重要ですよね。こうなりたい自分がいる。そのイメージのお手本の一つが、私は如来や菩薩、観音様なのです。
特にあの優しい顔つきっていうのは、絶対学ぶべきだと思います。で疲れている時、辛い時、意識してわざとあのような顔つきをすると、不思議と心も楽になるですね。皆がいつでも優しい仏像の顔つきでいつもいられたら、もっと世の中幸せな人が増えるのではないかしら。

仏像展で好きな大仏はやはり、奈良や平安時代の仏像です。
イケメン仏像やセクシー仏像もいて、ドキドキしてしまいました。天衣のウエーブの美しさ、体躯のきめ細やかさ、気品があり凛としていて、優しさ、素朴さの中にも強さ、精悍さがある。木彫りには木のスピリットが宿っているので、石や金属よりも個人的には好きです。

ところで、仏さまって誰が一番最初に作ったのか知っています?
実はギリシア人なんですって。ギリシア人がインドに流れ込んで、仏教に触れ、作ったらしいのです。そして支那がインドから学び、日本が支那から学んだのです。でも、それって凄いと思いません?砂漠や山脈を伝ってきたんですよ。それも1600年くらい前に。やはり芸術に国境はないんですね。そして日本人はそれを心から感銘し、日本文化に取り入れて、高めていったのです。仏像は日本人として誇れる、美しい日本文化の象徴ですね。
2006/11/03

北斎、善光寺

版画や肉筆画など展示されていたが、さすが北斎である。こんな繊細な感覚は、日本人独特のもの。本当に素晴らしい。しばらく北斎の絵から離れられなかった。版画刷りが、何回かに分けて色づけけされいる様子を、段階的に展示されていて、重ね刷りで、こんなに深い色合いを出していることに感銘。

そして北斎館へ。北斎館での美人画、祭り屋台の極彩色の龍と鳳凰、男浪、女浪が印象的だった。有名な小布施堂にて栗アイスを食べ、竹風堂で栗かのこを買う。

最後は高井鴻山美術館へ。高井鴻山は、豪商で北斎のパトロン。
北斎は83歳の時、鴻山を頼りに小布施にやってきた。凄い健脚だったのね。余談だが北斎さんは、引越し魔で、家が散らかると引っ越してなんと90回も引越ししたそう。鴻山の家には、佐久間象山や大塩平八郎なども出入りしていて、国のあり方など討論していたらしい。象山と北斎と大塩さんなんて凄いコンビだわ。

長野電鉄に乗ろうとすると、おばさんが嬉しそうに話しかけてくる。
「祭りでお皿もらったのよ。ご利益あるわ。みてみて!!」とお皿を見せてくださる。回りが銀で縁取って、青い模様の美しい皿。
なんか、幸せそうなおばさんの顔をみてると、こっちまでご利益を与えられている気がする。長野電鉄からの景色は,りんご園が広がり、窓の景色に見とれる。

善光寺で下車。善光寺は1400年の歴史があり、頼朝や北条氏をはじめ、有名な歴史人から厚く信仰されている。阿弥陀如来を本尊としており、日本最古の仏像や仏舎利というタイから送られたお釈迦さまの骨や像が安置されている。
そして、恐怖のお戒壇巡りへ。瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡る。暗闇はとても恐い。足が竦む。極楽錠前にふれ、ご本尊様と結縁。光に導かれる。光が極楽なのである。光のありがたさに感謝!

仲見世に戻り、おやきを食べる。
一軒目のなすのおやきはあんまり美味しくなく、これがおやき?と悲しかったので、他の店をトライ。野沢菜のおやきは脂っこく、いまいち満足しなかったので、しつこく三度目の正直。やっとおいしいおやきに出会えた。かぼちゃのおやき。で、ついでに、五平餅まで食べてしまった。これも超美味。今回もとっても楽しい楽しい旅でした。
2006/11/02

りんご狩り、岩松院

朝、起きて菅平のロッジ周辺を散歩。朝散歩は気持ちいい。リフレッシュして朝ヨガした後、出発。
まずはりんご狩りへ。りんご狩りは初めてなのでワクワクする。四方八方りんごの木、木、木。そして嬉しいことに食べ放題。
ジューシーでとても美味しかったので、つい食意地がはって、食べすぎてしまった。木からお土産分をもぎ取る。お店では信濃スイーツというりんごを試食したが、美味しすぎてほっぺが落ちそう。でこれも買ってしまった。うー重たい。

岩松院へ。
ここは北斎、一茶のゆかりの古寺である。
本堂の天井には北斎の極彩色の鳳凰の天井絵。畳21畳、150年以上たっているが塗り替えなし。北斎88歳から89歳にかけての作品。
ちなみに北斎は90歳で亡くなっている。
豊臣秀吉の重臣福島正則の霊廟や、小林一茶が蛙の合戦を見て、やせ蛙、負けるな一茶これにあり、と詠んだ小さな池もある。
寺の桜の花見時にヒキガエルが集まって、雌の産卵するのを雄が手伝うのだが、雌が少ないので奪い合いとなり合戦となる。
1年のうち5日間が勝負で、朝から晩まで入れ替わり立ち代り、300匹あまりの蛙合戦が行なわれているらしい。
余談だが、私の頭の中のスクリーンでは、何故かマグノリアの蛙の雨の映像がこの池と合わさってしまい、大変不気味なイメージになっていた。

そしていよいよ北斎さんの絵に会いに、まずはおぶせミュージアムへ。
まず、中に入ると中島千波の絵が出迎えてくれる。
得に彼の花画、枝垂桜は美しい。
そしていよいよ大好きな北斎の絵に対面。(続く)