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2006/06/27

客観的になる

7月からモダンジャズのクラスを開講する予定でしたが、少し延期することにしました。でも予定は未定です。ごめんなさい!!

自分が主観的ではなく、客観的な立場で物事をよく考えます。
例えば、私は講師をしておりますが、出来るだけ自分が受けたいクラスを作り、自分が受けたい先生になるよう努力する。自分の受けたくないクラスなんて最悪ですよねー。(ただ、時々私の力不足を感じます。精進します!!)
人に対しても自分が言われたくないことは出来るだけ言わない。
特に悪口さんて言われたくないので、言いたくないですねー。
でも自分の意見をしっかり言わなければいけないときもあります。
特に感情が乱れるときは、呼吸と心を整えて、穏やかに言うと言葉にとても威力あるし、説得力あると思います。(ヨガではポーズ中に心と呼吸が乱れたら整えていきますよね。)
自分がこういう風に言われたら気分が悪いけど、こう言われたら許せるなとか、受身になって言葉を選びます。
浮気もされたくないからしないとか、ダンスも自分がこんな舞台が観たいから、自分の感覚に響く振り付けをするとか、結構自分を客観的立場において、物事を考えますね。
もしお店を持っているとしたら自分の店に自分が客として入るかどうか考える。
自分の感覚を常に磨いていれば、自然に色々いい答えが出て、自分が幸せになると思うのです。
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2006/06/23

頑張る

今週はクラスの後に何人かの生徒さんから、「色んなことに頑張って疲れてしまうんですよー」という相談を受けた。
頑張るという言葉はなんとなく自分にとっては難しい言葉で、あまり使いたくない。
頑張ろうと思う事が活力になっていく人も多くいると思うのだが、頑張ろうと思うとどうしても力が入って疲れてしまう。
ヨガのポーズでも同じで、頑張ろうと思うとどうしても筋肉が緊張してしまい、解れていかない。
私は日常生活では頑張ると思うよりも、バランスを取りながらベストを尽くすように心がけている。自分の心と体と対話し、その時のベストを尽くし、出来なくってもそれでいい。
自分自身がどう感じるかが大事で、決して人と競わず、周りを気にせず、頑張りすぎず、ベストを尽くす。
言葉って物凄く威力があり、思っただけで自律神経の働きや脳内物質、ホルモンの出方が変わってしまう。
そこが肉体の面白いところなのですけどねー。
言葉のエネルギーを上手く使い、自分の心と体のバランスをみつけていく。
ヨガのポーズも頑張りながら静止するのではなく、バランスをとりながら微妙に常に自分の安定するセンターを見つけていくのと同じように、生活でも頑張り過ぎず、自分の安定したセンターを見つけながらベストを尽くすと心が萎縮せず、本来の力が発揮できるのではないでしょうか?

2006/06/22

梅雨が好き!!

「梅雨の季節で嫌ですねー」と言われ「そうですよねー」なんて答えるんですが、ここだけの話、私は実は梅雨好きなんです。
梅雨の何が好きかというとまず湿気が好き。そう、ちょっと変なんです。
ちなみに嫌いなのは冷房。地下鉄の弱冷房の車両でも首にスカーフ巻いて、上着羽織って、それでも寒いときはもっと怪しい人になっています。
そして雨が好き。雨の音、雨の降っているときの空気、草木の匂い、土の匂いはなんといいに匂いがするんでしょう。
そして特に低気圧が発達し、空気上昇、雨が降るぞ降るぞっていう生暖かい空気と重たい空はぞくぞくします。
雨上がりのアスファルトのキラキラしている地面も大好き。虹が好き。そして紫陽花が花の中では一番好きなんです。
でも、紫陽花の花言葉って移り気、浮気なんですって。でも私は結構一途ですよ。家の前の公園の紫陽花はとても美しく咲き乱れ今日もぼーっと見とれてしまいました。
しかし、くれぐれもカビと食中毒には気をつけてくださいね。
2006/06/20

足の痺れ、重たさ、無感覚

先日なおちゃんからブログのコメントをいただきました。
足の親指が痺れて、感覚がなくて足全体が重たい感じはどうしたらいいか?という質問でしたが、うーん、可愛そうに、足が随分と泣いていますねー。
足が痺れるイコール神経が押し付けられて働かなくなり、血の巡りも悪くなる。足が重たいのも、大腿部や下腿部が凝っていて、酸素がきちんと運ばれなく、栄養がちゃんと運ばれていない。
だから感覚神経と運動神経が麻痺しているんでしょうね。足湯がいいと思いますよ。そしてひたすらマッサージ等刺激を与えてあげる。足に栄養を与えるように、足の喜ぶことをすすんでしてみるのがよいのではないかしら。
足の裏は特に第3の心臓で、神経が集中しているところです。よく揉んでいると自分の足の指や足の裏が可愛くなってきたりします。
意識で体の血流がよくなるように、思ってあげるだけで大きな変化があるので、足に感謝しながらマッサージをすること,フレックス、ポイントの運動や、もし意識できるならば足の裏の56個の骨すべてにスペースを作ってあげることをお薦めします。
きっと細胞や神経が喜んですぐに元気になってくれると思いますね。
体は正直で思ってあげないと子供のように不貞腐れて悪さを働きます。是非細胞一つ一つに愛情を注いであげることをお薦めします。
自分の体は自分の先生です。体のツボにいつも自分の状態を尋ね、繊細に体を内観しながら体をととのえていくのがヨガですね。
2006/06/15

痛みのない体作り

私の昼間のヨガのクラスには体に不調のある方が多くいらしてくださいます。
特に肩こり、腰痛、膝の痛み、坐骨神経痛、腱鞘炎の方が多いのですが、大体体を触らせていただくとバリバリに筋肉が固まっているのです。
私も昔筋肉を固めていた為、色々怪我が絶えず苦しんだので、辛いのがよく分かります。
特にかつて膝は悪く、歩行も困難でお医者さんからは絶対君の膝は治らないよ、なんて言われていたので今自分の膝が何でもないのが嘘のようです。
でも私的には、実はすべての痛みを取り除くのはわりと簡単で、自分の骨格の正しい位置関係を把握し、すべての関節を解放し(大きい関節は特に)筋肉や腱を弾力のある柔らかい状態にしていく、特に関節周りは空間を作りながら出来るだけ解していくことにより内臓疾患や特に骨の異常がない限り大体の痛みは取り除くことが出来ると思うのです。
すべての痛みの原因は歪みを含めて骨格の間違った使い方と筋肉を固めてしまうことではないのでしょうか。
ただ、腰は一番負担がかかるところなので、筋肉を解放しつつもインナーマッスルを鍛えていくことで腰をプロテクトしていきます。でもインナーマッスルも決して固めて使わないことがポイントです。
肉体という容器のなかにカチカチな氷をいれるのではなく、小さい粒子が肉体中を自由に飛んでいるようにしていけば、神経も、血管も圧迫されず体が楽になります。
でもマッサージは一時的なものなので、是非自分で体を動かしながら解してみてください。
呼吸と意識を上手く使えば短時間で楽になっていくと思います。
痛みの全くない体って素晴らしいですよね。
2006/06/14

何故踊るのか?

昨日のヨガのクラスにパリでハイミーロジャースを受けていて、私のHPにヒットしてくださった方が、わざわざ尋ねてきてくださいました。本当にありがとうございます。こんな出会いってつくづく感激です。

ハイミーは映画ウエストサイドストーリーのキャストでNYに居たときに私に多くの影響を与えた先生で(映画ウエストサイドストーリーの一番小さいダンサー)彼に何回も何故君は踊るのか?って聞かれたのをふと思い出した。
その時はただ好きだから、とか楽しいから踊るとだけ答えていたが、もちろんハイミーが納得するはずない。
彼は私に本当に踊る意味を悟らせたかった。
何故踊るのか?今でもアンクリアーな部分は沢山ある。もちろんダンスは好きだし、楽しい。でも今ダンスを踊っていきたいと思うのは、多分自分の潜在意識への旅だから。
そして踊り手や観客の波長、体調、意識、環境にによりメッセージがとてつもなく無限な可能性を含んでいることの面白さ、時間や空間を超えたものであること、言葉では決して表現できないもの(自分でも何て言っていいのか分からないのですが)があるから踊るのだと思う。
私のダンスは人に観てもらう形式的なものではなく、自分の無意識への扉を開くもの、体を媒体として宇宙の真理を探していくこと....というのが今のところの答えかな。
でもきっと死ぬまで追究し続けていくんだろうなー。
2006/06/10

NYエレベーター事件

昨日、エレベーターが止まったことについて軽く触れましたが、今日はそのことについて話したいと思います。
NYに始めて行ったときの事。グランドセントラル近くのあるレジデンスに滞在していて,ここは女性専用のレジデンスなのですが、一人者のおばあちゃんが80%くらい占めるという老人ホーム的レジデンス。
朝と夜は肉中心の豪華なバイキングだもんで、おばあちゃん達の肥えてること肥えてること。で夜は仲良く2階にあるリビングに集まって皆で楽しくテレビを観ているんだけど、カウチ族ごとくポテトチップスと大きいコーラを抱えて食べること食べること!!
あるときエレベーターに乗ると定員の9名。でもどう見ても普通の人が15人以上乗っているような状態で不安的中。ドシンと止まり扉が開かなくなってしまい、閉じ込められてしまって皆パニック状態。空気も薄く力もなくなりへとへと。
やっと1時間後に外からやっとこじ開けられて無事救出されましたが、あの時は生きた心地がしませんでしたねー。(NYでは事件が多すぎてこの事件はほんの導入にすぎません)
エレベーターが1階まで落ちた事もたまにありましたしね。(確かエンパイアーだったかしら)
話のついでにエレベーターで感動したのは、タイペイ101のエレベーター。1秒で4.6階上昇、101階 508Mを20秒で上がってしまうというさすが東芝エレベーター。上昇、下降の感じがない本当に人間の感覚まで計算しつくしたエレベーターには脱帽です。
日本人の技術って凄いですね。
2006/06/09

自然治癒力実験

マンションのエレベーターで近所の叔母さんと一緒になり、「エレベーター恐いわね」なんて言われたが、人事ではない。
NYにいる時はよくエレベーターに閉じ込められた。1時間も閉じ込められたこともある。
アメリカのエレベーターって日本のように精密ではないのだ。半階でエレベーターが開くこともしばしばありフロアーに降りる為によじ登ったこともある。

話は変わって、私は今週の火曜日、カフェの冷房があまりにも強く風邪をひいてしまった。
私はヨガを教えているせいか、生徒さんに「先生も風邪ひくんですか?」「先生も腰痛くなることあるんですか」「ヨガしてても冷え性なんですか」などど言われるが、もちろんYES!!
ヨガをやれば超人な体を得ることが出来るように思われるが(免疫力が高まったり、毒素を排出する能力が高かったりするかも知れないが)もちろん普通の方と一緒。
私は内臓がボロボロだったので、今は大分改善されているのだが、元が悪かったので、まだ時間はかかることだろう。
ただ大体風邪菌は繊細にキャッチすることができるので、わりとすぐに治せる。
しかし今回は風邪をひいたのをいいことに何故か自分の体で自然治癒力を試してみたかった。
自分で気を集め、意識でコントロールし、ツボで治そうとしたが、やはり無理で悪化して扁桃腺が腫れてしまい咽喉が痛い。
でも病気のときこそ修行修行とは思うのだが、私の自然治癒力ってたいしたことないのね。ちょっとがっかり。
これからの私の課題はいかに自然治癒力を高めるかですね。
2006/06/05

ヨガの本質

今日はヨガの講習会に参加した。
龍村先生の講義をはじめとても充実したものだった。
最後の1時間は沖先生の講義のビデオを観る。ヨガの10段階についてのビデオ。最近は得にヨガがファッション感覚で行なわれているが、ファッション感覚で入っても是非ヨガの本質を追及して欲しいと思う。
ここに真髄があり、ここを避けてはヨガはヨガでない。
命の喜ぶ生き方をすることがすべてであり、常にその為に研究、努力する。
とにかく喜ぶ練習をする。体が柔らかいと命は喜ぶ。呼吸が深いと命は喜ぶ。
どういう状態でも感謝し、笑える、喜んで受け止める状態、執着のない状態にする。
体を清くし心を尊くしていく。悦の喜びを追究して、三昧の境地に入っていく。
ヨガの教えは素晴らしい。
ヨガをされているかたは是非アサナのみではなく、ヨガの本質を学んで下さいね。
2006/06/02

懐かしの中央区散歩

今日はクラス後、友達と飯田橋のオープンカフェのフレンチレストランへ。ここは駅近くなのだが、裏道のオープンカフェでフランス人が経営しており、とってもお洒落なお店で、パリで食事している気分。コースを頼む。メインは黒鯛のこんがりバターにアーモンドソースの絶妙な味。うーんトレビアン。友達はNYから一時帰国の大竹しのぶ似の女優。ヨガとNYと舞台の話で盛り上がる。それから銀座で用事を済ませ、お腹もいっぱいだし、ウオーキングをすることに決定!!まず、銀座から築地へ。築地は20年以上ぶりかもしれない。父や親族は築地と深い関係がある。小さいとき時々父に場内に連れて行かれ、帳場にちょこんと座ってた。市場の活気や匂い、その頃の情景は今でも生生しく残って涙が出る。勝どき橋を渡り、昔よく遊んでいた秘密の遊び場はやはりもうない。黎明橋を渡りながら下を覗くと、くらげが昔と変わらず沢山浮いてる。昔、ここの川では釣り禁止だったのに、父とはぜ釣りをしていて、次の日学校に見つかって物凄く怒られた。よく遊んだ黎明公園を通り抜け、鰹節問屋の懐かしい匂い。そして生まれ育った晴海のアパートへ。一人男の子がキャッチボールをしているがその他には誰もいない。アパート内の公園に入ると私の木がある。小さいときいつもこの木に登っていた。私の悲しいことは木の精霊が受け止めてくれていた。今でも登れそう。登ろうかどうか迷ったが、男の子が不信な目で見ている。登るのは諦め、しばらくの間木に抱きついていた。懐かしい匂い。体が喜んでる。よく遊んだ砂場も落ちたブランコもそのままあって嬉しい。ピンクレディーやキャンディーズの振り付けを練習した踊り場もそのまんま。鍵を忘れて、隣の家から侵入したり、庭からよじ登って家にも侵入した105号室。部屋を窓の外からずっと見ていたので、隣の住人と目がありそそくさと退散。隣のアパートではよく泥警や缶けりをしていた。晴海埠頭も好きで海と星に癒されてた。しばらく思い出に浸ったあと、トリトンを通り月島へ。この辺はすべて変わってしまった。何も残ってない。昔は団地が何棟もあり、つつじの蜜を飲んだり、花のジュース作ったり、昆虫をビンに集めたり、通学路に生るさくらんぼやイチゴを食べたり。月島には父の実家があったので、思い出がいっぱいある。色んな思いが交錯しているうちにもんじゃの西仲へ。昔は西仲にはもんじゃは数件しかなく、お味噌やさん豆腐やさん惣菜やさん駄菓子やさんとか素敵なお店が沢山あった。夏になると草市という縁日があって楽しかった。ここにも思い出がいっぱい詰まっている。思い出は心の中では永遠だし、一瞬一瞬時は移りかわるので時を大切にして生きていこうっと。